レオナルド・ダ・ヴィンチに憧れていたトーマス・エジソンは、ダ・ヴィンチにならってノートをつけた。 アイデアをメモし、それを読み返し、またメモを書いた。 その数、3500冊。   ピンチに陥ると、エジソンはノートと相談した。 たとえば1900年、エジソンが出資していた鉄鉱石採掘企業が倒産寸前の事態に陥った。 エジソンはノートをひっくり返しあちこちを詳しく読み返して、その企業の組織とノウハウをもっとうまく活用できる道を探した。 セメント製造に転換できることが分かった。企業は息を吹き返した。   新しいアイデアでうまくいった時も、エジソンはノートを見なおした。 新たに得られた知識やノウハウを使って、以前に捨てたアイデアやいきづまった発明(これらは一杯あった)を掘り起こし、今ならうまく出来ないか、少しは前に進めないかと試していった。 たとえば頓挫したままになっていた電報用海底ケーブルのアイデアは、新たに発明した電話に応用することができた。 ゼロからはじめなくても、いざという時に使えるものが、ノートにたくさん見つけることができた。   ノートには自分のアイデアだけでなく、他の発明家が発表した論文や紹介記事、誰かに先を越された特許、自然や社会の出来事についての感想も書きつけた。 他人が成功した事例を元にして、別の分野でうまくいきそうなアイデアを考えるのに、こうしたメモを用いた。 独創性や斬新さなんて、ほとんど問題にならなかった。問題を解決することができれば、それで十分だった。   自分の発明についても、他人の発明と同様に取り扱った。 つまり自分の成功した発明を元にして、別の分野でうまくいきそうなアイデアを考えるのに、ノートを読み返して新たにメモをとった。 たとえば電話の発明を元にして、蓄音機のアイデアが生まれた。 蓄音機の発明と機構は、キネトスコープ(1人がのぞきこんで見るモーション・ピクチャ=映画)に結びついた。

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