アメリカ人の上司から「この資料はとてもいいよ。君は本当によくやった。君には感謝している。後はここのグラフがもう少し見やすいといいんだけどな。」と言われたら、何と思うだろうか。日本なら、「凄く褒められた。よかった!」と考えてしまいがちだが、本当のところアメリカ人の上司が言いたいことは最後の一文だけだ。「ここのグラフがもう少し見やすいといいんだけどな。」とは、「なんてことだ。このグラフはいますぐ修正しないとダメだ。」という意味だと捉えても、言い過ぎではない。それに先立つ3つの文は飾りに過ぎない。
逆の立場で、部下が仕上げてきた資料に修正を求める際、あなたなら何と言うだろうか?「ここ間違っているからなおしておいて」などとぶっきらぼうに言おうものなら、あなたはアメリカ人の部下から「感情的で思いやりがなく、非プロフェッショナルな最悪の上司」の烙印を押されるだろう。
アメリカのビジネスの場では、上司が部下に対して、あるいは議論の場で同僚に対して、表立ってネガティブなフィードバックを口に出すのは、実は大変に失礼な態度だと思われるのが常識だ。アメリカ人の上司が部下にダメ出しをする際、まずは部下の良いところを3つ挙げ、相手を十分に褒めてから、ネガティブな内容に入る、というのが常套手段である。そしてネガティブな意見の内容も、非常にソフトでオブラートに包んだ言い方をしなければならない。
議論の場では、相手の意見に反論するとき、日本なら「それは違うよ!」などとついつい直接的に言ってしまいがちだが、アメリカのホワイトカラーの仕事の現場ではそれは御法度だ。「あなたの言っていることには一理あり、例えばこの部分は賛成できる。そして私としては、こういう考え方もあると思っている」などと、相手の良いところをまず挙げながら、回りくどく反論しなければならない。
少なくとも反対意見を述べるシチュエーションにおいては、日本の方が遥かに直接的で、ときには直情的な文化を持っている。だからこそ安保法制の際など、日本人は冷静な議論ができない、などとついつい思ってしまったのだが。

《木こりのジレンマ》

 あるところに新しい斧を手に入れた木こりがいた。
新しい斧の切れ味は抜群で、買った翌日、木こりは1日目に10本の木を切り倒すことができた。
それも短時間で。今まで考えられないことだった。
2日目、彼は作業時間を延長し、15本の木を切り倒した。
3日目、4日目と彼は日を追うごとに懸命に、そして遅い時間まで木を切り続けた。
ところが、日が経つごとに、切り倒す木の数がだんだん少なくなってきた。
彼はたくさんの注文をとっているので、夜中まで一生懸命がんばった。
それでも、日ごとに切り倒す木の数は減っていく。

 見かねた友達が彼にアドバイスした。
「なぜ、刃を研がないんだ。
 刃がぼろぼろになっているのに、研がないから、木が切り倒せないのは当たり前ではないか。」

 彼は答えた。
「俺は、そんなことをしている暇がないくらい、忙しいんだ。
 毎日たくさんの木を切らなければいけないんだ。」

イギリスの諺「財産を失っても痛手は少ない。健康を失うと痛手は大きい。勇気を失うと取り返しが付かない」現代日本的に翻訳すると、稼ぐための仕事は大事だが、健康を犠牲にしていい仕事なんかない。ましてや仕事して精神を病むなんてもってのほかだ。

ドーク 国際法上、日米戦争の始まりは日本の真珠湾攻撃ではありません。それは、1941(昭和16)年7月のルーズベルト大統領による日本の在米資産凍結です。これは当時の国際法では「戦争行為」にあたります。アメリカでは批判される見解かもしれませんが事実です。
 ですから、法律的には、真珠湾攻撃は日本の防衛行為だと解釈されます。日本はもともとアメリカを攻撃したくはなかったのに、ルーズベルトが仕掛けた。

米国家安全保障局(NSA)の市民監視プログラムを暴いたスノーデン・ファイルを真っ先に報じたグレン・グリーンウォルド記者は、インターネット・オークションのeBay創業者に2億5千万ドルを出資してもらって、14年2月、ニュースサイト「ザ//インターセプト」を立ち上げ、渾身のスクープを放つ。

グリーンウォルドらはドローンなどの攻撃を担当する米統合特殊作戦軍(JSOC)の内部告発者の証言を得て、NSAのシギントが空爆にフル活用されている実態を詳らかに報じた。

09年以降、NSAのメタデータ・コレクションを使ったドローン攻撃が急増。携帯電話や利用者を識別するSIMカードのデータから標的のイスラム過激派を発見すると、ドローンに搭載された中継基地局を通じて盗聴し、音声を確認したあと、ミサイルを発射していた。

305:のほほん名無しさん:2005/07/10(日) 19:57:08
ファミレスで思い出した。
数年前、不況で俺の勤める会社がヤバくなり、リストラされた。
すぐに再就職できると思っていたが、なかなか見つからず、
仕方なく親戚が支配人をやっているファミレスに三ヶ月ほどバイトすることになった。
その時、たくさんの家族連れやカップルを見てきたが、
子供の世話ってどの家族連れも母親がするもんなんだな。
暖かい食事を持っていっても、嫁さんは子供に食べさせたりして、
暖かかった皿はどんどん冷めていく。
逆に旦那は、子供が何をしようが嫁さんの飯が冷めようがお構いなしに自分の分を平らげていく。
旦那が食べ終わると、子供の世話をする人もいれば、そのまま新聞なんかを読み出す人もいる。
どっちにせよ、暖かい食事を食べる嫁さんというのは、結構少ない。
多分、家でもこうなんだろうな。
もし、俺に子供が生まれて、外で食事する時は、俺も面倒みてやろう。
嫁さんに暖かい食事を食べさせてやろう。
そう思った。
それからしばらくして、俺は前より給料は安いものの、それなりに待遇の良い会社へ再就職した。
そして子供にも恵まれた。
ファミレスに食べにいった時、子供の世話をする嫁さんとその皿を見てふと思い出した。
「あぁ。俺、あの時の旦那と同じことしてるな」と。
「俺が面倒みるから、お前、先に食えよ」そういうと嫁さんは驚いた顔をした。
家にいても滅多に子供の面倒をみることもないから。
嫁さんは「悪いから・・・」といったが「いいから。ほら」と嫁の手から娘用のスプーンを取り、娘に食べさせた。
嫁は小さく「ありがとう」と言い、暖かい食事を食べ始めた。
嫁はいつもより早口で食事をし、俺と交替した。
俺の手からスプーンを受け取る時、「ありがとう・・・本当にありがとうね」と何故か涙ぐんでいた。
俺の皿には冷めた料理がのっていたが、それでも美味く感じた。