野田聖子の場合は、日本ユニセフ協会の東郷副会長ってのがバックにいて、野田は東郷に 認定NPOの便宜(寄付金が税控除される)を図ると共に、自身のNPOも立てて、医師会、 看護婦会を理事に引き入れて、集金システムを確立した。当時、認定NPOの数は野田の”ひまわりの会”を含めて、わずか8。表向きは広く受け付けていても、議員などの根回しがないと、認定NPOにはならない構造があって、現在もそんなに変わってないので、95団体しか認定されてない。で、野田が東郷のツテ(医師会や看護婦会)のNPO”ひまわりの会”を立ち上げたときに大学の後輩のアグネス・チャンを東郷に紹介し、東郷はアグネスを親善大使に取り込んでいったんだわ。で、この仕組みを作ったのは、当時母親から引き継いで日本ユニセフ協会の理事になっていた橋本龍太郎。特定非営利活動促進法(NPO法)は、橋本内閣が作った仕組み(実際の成立は倒閣後)で、これによって、現在のような法人やお金持ちのところに、日本ユニセフ協会の節税担当が出向いて税金控除の仕組みを説明して、寄付金を貰ってペイバックできる仕組みを作った。(NPO法以前の日本ユニセフの寄付金25億>施行後、週刊誌などで話題になった2001年で100億オーバー、現在は170億円) つまり、橋本の集金システムの遺産を受け継いだのが野田ってことで、この急成長時に活動費の経費計上が必要になって、水増しのために選ばれたネタが児童ポルノ法。児童ポルノ法は1997年12月に日本ユニセフ内で考えられ、1998年からロビー活動し、1999年に成立していて、日本ユニセフ協会の急成長の土台(新しい組織の表の顔)を作った切っても切り離せないネタになっているので、野田はそこがらみで、異常に規制に燃えるんだよ。野田の政治資金の源泉だからね。まあ、日本ユニセフ協会の自社ビル落成時(2001年)に騒がれた話なんで、結構みんな 忘れてるよね。

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