・・・むかしむかし、まだMP3や音楽配信どころか、CDすらなかった頃、人々は音楽を聞くために、もっぱらアナログレコードというものを使用していました。アナログレコードを再生するためには、レコードプレーヤー、オーディオアンプ、スピーカなどのコンポーネントを集めてきて、相互に接続する必要がありました。このようなシステムは「オーディオコンポ」と呼ばれ、レコード針、カセットデッキ、オーディオラックなど他の周辺機器と合わせ「オーディオ市場」と呼ばれる巨大な市場を形成していたのです。

 オーディオ市場が立ち上がった頃には、オーディオ製品は飛ぶように売れました。ある程度の音質で音楽を楽しむためにはレコードを買わねばならず、買ったレコードを聞くためには、オーディオコンポが必要だったからです。むろん市場競争が激化しましたから、各メーカーはオーディオファンの心をつかむために、彼らの声に真剣に耳を傾けました。「もっとS/N比の改善を」「高音の抜けが甘い」「低音の響きがこもっている」「音像定位が」「サラウディング効果が」次々と要求があげられました。メーカー側も、それらの要求に対応すべく、回転モーメントを高めたターンテーブル、新開発のノイズリダクション回路、新素材を活用したウーファ、ひずみの少ない成形一体型ピックアップ、残存磁気ヒステリシス除去機構、その他その他の新技術をどんどん開発してゆきました。

 にも関わらず、オーディオ市場の伸びは緩やかになり、やがては横ばいに、そして下降線を描き始めたのです。オーディオ機器大手メーカーのA社は、商品の売上を取り戻すべく、オーディオファンの声を徹底的にすくい上げ、着実に対応する方針を貫きました。抵抗を減らす純金製コネクタ、スピーカ共振を防ぐ特製ラック、レコード溝の磨耗を減らす防護皮膜スプレー、NASAが開発した何やらかんやら新テクノロジー。

 こうして、A社のオーディオ技術は音響品質という点で技術的に世界最高水準に達しましたが、なぜかオーディオ市場は縮退の一途をたどり、そしてオーディオファンの人口減少にも歯止めはかからなかったのです。

 ここで、家電メーカーのB社は、A社と全く違うことを考えました。すなわち、「オーディオファン以外の人々に売り込むためのオーディオ機器」というものが作れないだろうか、と。

 そこでB社は、オーディオ製品を購入していない人々、特に学生や主婦などを対象にした市場調査を行いました。その結果、次のようなことが分かったのです。

 彼らはレコードなど買わず、FMラジオで音楽を聞いていました。気に入った曲を何度も聞きたいときは、安価なカセットデッキを購入して、ラジオとカセットデッキをケーブル接続して(ときには単にラジオのボリュームを上げるだけで)流れている曲を録音していたのです。この作業は“エアチェック”と呼ばれていました。

 B社は考えました。「我々の音響技術を投入して、エアチェックを行うための安価なオーディオ機器を作ればどうだろう。もちろん、オーディオファンからはそっぽを向かれるだろうが、オーディオファン以外の人には売れるのではないか」

 こうして、ラジオとカセットデッキを複合した製品、通称「ラジカセ」が誕生しました。ラジカセは爆発的なヒットを飛ばし、その新市場は衰退しつつあったオーディオ市場をあっという間に追い抜いてしまったのです。

technicalsato:

nemoi:

Tour de France 2010 (via F.d.W.)

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