もう今の時代、ブランドは世論を形成するものだと言っていいと思います。それはそのブランドをとりまく多くのファンの存在、そこで交わされる会話の中に潜む共通感情・共通意識からくるものです。

ところが広告以外の一般的な業種、例えば飲料メーカーのコカコーラブランドなどがどれほど大きくなっても、それで社会一般的な世論の形成にはならないと言えるでしょう。これは「飲料」というものを扱うモデルの限界(べつに悪いことではない)とも言えます。強いて言えば音楽業界での個人アーティストのブランドなどは理想に近い気もします。それはブランドの信仰対象が「人」という、いろんな感情・行動・物語の要素をもった存在だからです。しかしそれは「個人のアーティスト」に向けられるもので、つまり時間的にみてすごく有限ですし、今のところ音楽業界のモデルは、「組織(レーベル)」とブランドの根本である「アーティスト」の同期は行われていません。

それでは誰がその役割を担うか。だれがネットの内外全ての世界の中でブランドを誇り、かつ人々の生活の中に公平性さと多様性と方向性を指し示すことができるのかとなったときに、僕はそれが広告会社であって欲しいと思っているんです。

その根拠は、元々の背景としてブランド醸成の技術を培ってきたことはもちろん、自分以外の多くのブランドをサポートし、認め、肯定し、かつそれを収益にあげられる業種が広告というものしかないからです。

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