そして、その前提として「よく見ていること。そして、見た景色を情報として自分のなかに蓄えていること」が決定的な違いだと気づいたわけだ。

 自分の見た「風景」を、どれだけ意味のある情報として自分のなかに取り込んでいるか、ということだ。ここでは視覚の話だけだが、おそらくは音のことだって同じだ。

 そう思ってほかのバイトを一度じっくり観察してみた。すると「仕事が速い子」は、例外なく売場を見る回数が多い。俺自身がこの点に気づいていなかったのだから、教えていないにもかかわらず、ということになる。

 つまり――ここからは、仮説とすらいえない怪しげな考えになるのだけど、実は、仕事できねえ、能率が悪いというのは、単純な仕事の処理能力の問題ではなく、それ以前に、なにも見ていないから、見ていたとしても、なにも把握していないからではないか、ということだ。視野の広さってことだ。「見て」「自分の行動に反映する」この二者のあいだが、なんらかの理由で断絶している。そういうことなんじゃないか。

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